東方の海

サブカル考察など。

突然ですが、この世には感動する作品がたくさんあります。

鑑賞後に良い感情で終われる作品なら「ぜひ見たい」という気持ちになりそうですが、「感動する」とはどういうことか、というのは議論がたくさんあります。感動を分類するとしたら、例えば以下のリンクで紹介されているようなものがありそうですね。

「感動する」作品の「感動」について、短絡的には、
  • 努力/困難に立ち向かう
  • 友情/恋愛
  • 突破口を開く/伏線回収
  • 目標達成/勝利
  • 別れ
を含み、これらが長く織り込まれているほど感動する、と私は考えています。
では、逆にこの真逆を行く作品、つまり後味が悪い作品なら、感動の真逆の方向への心の動きを実現できるのではないか、と思えます。果たしてそれはどういう作品なのでしょうか。感動の真逆を行く後味の悪さなのでしょうか。

そこで、作品で後味が悪いと感じる要素を考えてみました。
注意してほしいのは、後味が悪いことと作品評価とは別の尺度という点です。
後味が悪い作品は、
  • 不可抗力/理不尽に遭う(何らかの自由が奪われる)
  • 頑張りが報われない/行動が裏目に出る
  • 周囲から無視/拒絶される
  • 誰かの感情が適切に働かない(加害者に罪悪感がない、被害者が無感情になる、等)
  • 誰かが大切なものを失う(絶交、後遺症、死ぬ、壊れる、等)
  • 誰かが絶望する/している(精神的にまともな人間に戻れなくなる)
  • 自他を破壊する(殺人、自殺、暴力、等)
  • 生物の文化性を剥奪する(拷問、操り人形化、等の残虐行為、生命の量産化)
  • 以上の行動を自分で行う/自分が受ける/自分に影響する周囲で起こる
のいくつかを含んでいると考えます。考えるだけで後味が悪くなってきますね。これらを全部含めた話を書いたら、それはそれは後味が悪い話になることでしょう。ホラーや事件系の作品では、たいていこれらは多く見受けられます。
しかし、これらは感動の真逆かと考えると、感動する作品でもいくつか見られることはあることに気付きます。成功エンドを目指す困難な過程では、これらのいくつかの状況に陥っているはずです。そして、それらを覆したら良い後味の感動作品になっているし、覆せず終わっていたら深い話として受け止められているかと思います。
後味が悪い要素は、途中まで書いて未然で(バッドエンドにならない程度で)止まれば、感動を引き立てる役割をしているような気がしてきます。
また、感動する作品では、これらのうちあまり多くは含んでいないことが多そうです。この理由としては、あまり負の要素を詰め込み過ぎると成功に軌道修正しにくくなること、問題が1個か2個くらいシンプルな方が複雑にならず考えやすいこと、が思いつきます。一般的には、一話一話で前進後退を繰り返しながら少しずつ進んでいくスタイルが緩急があってウケがよい傾向にあり、これと関連しているかもしれません。

作品を作っていて展開に悩んだら、このような一見後味が悪くなりそうな要素を1つか2つ程度取り入れてみるというのが一つの手になるかもしれません。ただし、数的・程度的にやりすぎると後味が悪くなるだけで終わってしまうので、鑑賞後の感想を「後味が悪かった!」としたくないなら途中でグッドエンド方向に軌道修正すべきでしょう。

※以下余談
感動する作品では誰かが死ぬことも多く、納得しない受け取り手は「とりあえず登場人物を殺しておけば感動するみたいな風潮に乗ってるだけじゃないの?」と思うこともあるかもしれません。自分の作品でそう思われたら悲しいでしょうし、どうやったらそう思われなくなるかというのは作り手の難しいところでもあると思います。
「とりあえず~」についてですが、登場人物が死ぬ描写というのがシーンの一分類として大きな割合を占めるのは否定しがたいでしょう。登場人物が死ぬ作品を断固として否とする受け取り手ならそれまでなのですが、特にそういう信条があるわけではない受け取り手の時はどうでしょうか。
登場人物の死を感動としたいなら、作者はそれまでに読者にその登場人物に感情移入させておき、死の前後の流れを自然に表現しなければなりません。通常の読者が冒頭の「とりあえず~」のように感じるのだとしたら、それは感情移入ができていないか、死の流れが不自然か、ということになって作者の力量としての評価に繋がってしまいそうで、とても難しいところです。
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2018.05.28 01:26 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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