東方の海

サブカル考察など。

まだ書き切れていなかった劇場版ラブライブ!の感想があったので書きます。やはり完全にネタバレを含むので観てない方は回れ右してください。



















穂乃果に始まりにこに終わる


本作では、最初に空港のシーンでは穂乃果が真っ先に到着して待っています。最後にスペシャルライブ当日の朝ではにこが真っ先に到着して待っています。
穂乃果は音ノ木坂学院ではじめてスクールアイドルとして成功に導くリーダーであり、最初に皆を先導するのはやはり穂乃果だなあと思いました。
一方、にこもアイドル研究部の部長として2年間の暗黒期を経て穂乃果に出会い花開いたのであり、アイドルに対する情熱は誰にも負けておらず、解散の最後の決め手となったのは、実質にこが夢の舞台に立つのを諦めたからです。スクールアイドルの最後を見届ける旧部長が最後にまとめるというのも、とても感動的でした。


穂乃果が前日に解散を打ち明けた理由

穂乃果「……頑張るぞー!」
モブ「おー!」「よーし、やるぞ!」「A-RISE、μ'sについていくぞー」「私だってー!」
穂乃果、顔が曇る。
穂乃果「ねえ、みんな。私たち、みんなに伝えないといけないことがあるの」
の場面。もちろん、穂乃果はそのライブが最後なのを引きずりたくなかった気持ちがあるのは間違いないでしょう。「別れの歌は歌いません!」と言ったように、穂乃果はそのライブを別れのライブにはしたくなかったのです(だからこそドームでのラストライブがあってそこでμ'sは本当の終わりを迎えます)。

ただ、これだけでしょうか? 穂乃果が解散を打ち明ける決心をしたのは、集まったスクールアイドルたちの「A-RISE、μ'sについていくぞー」というセリフを聞いたタイミングです。μ'sは確かに優勝して他のスクールアイドルの光になっているものの、それでいいのでしょうか。スペシャルライブをする目的は、穂乃果が言うようにμ'sが解散した後もスクールアイドルが続いてほしいからです。そこでは、1人1人のスクールアイドルが主役として楽しんで輝ける世界が理想とされています。他のスクールアイドルたちが、「A-RISE、μ'sについていく」という光を追うだけの脇役的な姿勢は、このスペシャルライブの主旨に合わないのです。そのままスペシャルライブをやったとして、穂乃果が満足しないだろうことは明白です。

一度頂点に立った穂乃果は、次の世代に自分たちを超えてほしいと思っているのではないでしょうか。これは、常に頂点に断ち続けたいA-RISEとは異なる姿勢です。A-RISEはアイドルとしての生き方を、穂乃果はスクールアイドルとしての生き方を尊重しています。スクールアイドルは3年で終わりですから、スクールアイドルが存続するには次の世代に心置きなくバトンを託せるようにしなければならない。そのための激励が、スペシャルライブ前日の解散宣言だったように思います。


μ'sが解散して悲しいか

悲しいです。が、感想や考察を文字にまとめているうちに、とうとうやり遂げたんだなという気持ちになってきました。本作は有終の美で終わります。「終わらないパーティー」(μ's『Music S.T.A.R.T!!』より)にしたいですが、物事にはいつか終わりがきます。パーティーは終わっても、最高の瞬間を胸に気持ちが続き、また次のパーティーの期待に胸を躍らせる方が、幸せなのかもしれません。そう考えると、ここでμ'sの活動に一区切りついたのは、必ずしも悲しいだけではないと感じています。
凛が言ったように、「アキバに似ている」変化していく街で自分も変化していくことが、穂乃果の言う「夢中になれ」て「最高に楽し」いことに繋がるのではないでしょうか。


参考文献

京極尚彦(監督).(2015).『ラブライブ!The School Idol Movie』(映画).2015 プロジェクトラブライブ!ムービー.(リストでサイトタイトルを囲む「」以外で断りのない「」内の言葉は全てこの作品から引用)
2015.07.29 17:59 | ラブライブ! | トラックバック(-) | コメント(0) |
劇場版ラブライブ!の感想は前回の記事で書きました。この記事では、考察などを詳しく書いていきます。完全にネタバレを含みます。まだ本作を観ていない方は即座に回れ右して、願わくは本作を一度以上ご鑑賞ください。以下、ある程度空白をとってから考察に入ります。



















作画ミス

いきなり作画ミスの指摘はどうかと思いましたが、他より軽いのでまずは話題になっていた2箇所の作画ミスからいきたいと思います。

1つ目。真姫がシャワーを浴びている。希がホテルに戻ってくる。希が冷蔵庫に買ってきた缶を入れる。希が真姫の楽譜ノートを見る。真姫がシャワーから上がってきて希をとがめる。
の場面。缶を入れるまでは希の髪型はワンサイドで白色のシュシュで束ねられていますが、希が真姫のノートを見つけるシーンになると髪型は後ろ2本結びになってピンク色のシュシュで束ねられています。同一のシーンのはずだが髪型が変わっていて、気付いたら変だとわかります。

2つ目。スペシャルライブ前日にスクールアイドルがUDX前に集まる。穂乃果が説明をする。橋の上から雪穂と亜里沙が協力を申し出る。みんなで「大丈夫!」と叫ぶ。
の場面。下から橋の上を見上げるカットでは中学生2人のリボンは緑色ですが、その後の橋の上で2人を映すカットではしっかり青色になっています。1年生のリボンの色は青色なので、緑色は誤りです。

他の作画ミスについては特に認識できませんでした。作画は全体的に見るとアニメよりもずっと丁寧になっており、とても愛が感じられて素晴らしかったです。特に、学年曲のPVではほとんどCGを前に出さずに作画されていたのが印象的でした。


酷評の理由


先日、Twitter上でとあるツイートが話題になりました。それが以下のツイートです。

これに対して賛否両論、様々な感想や意見が飛び交いましたが、その中でも特に話題になったツイートを紹介します。
これらも含めて、私がちょっと探して見つかった、感想がまとめられているウェブサイトを紹介します。

賞賛寄り
酷評寄り
Togetter
  • 「『ラブライブ!』を知らない中年男性が映画版を観る→余計なフィルターのない感想が秀逸 - Togetterまとめ」(http://togetter.com/li/844741
  • 「劇場版『ラブライブ!』は失敗作なのか - Togetterまとめ」(http://togetter.com/li/838336
  • 「【全力でネタバレ】「ラブライブ!The School Idol Movie」感想まとめ~1年生組に救いはあるのか? - Togetterまとめ」(http://togetter.com/li/848618

2ちゃんねるまとめブログ
賞賛もたくさんあるのですが、酷評もたくさん見受けられます。酷評で特にメインにくるのが、穂乃果がメインで穂乃果以外の8人が描き分けられていないということです。これについて確認していきましょう。

1期では穂乃果が提案し、リーダーを決める回で穂乃果がリーダーと合意が形成されたものの、実際穂乃果が仕切ったり判断したりしているのは1期では『START:DASH!!』以来は稀です。特に、ラブライブ!参加中止を決めたのは絵里です。
2期になると、皆が穂乃果に決定権を委任するようになります。スノハレ回では、海未が穂乃果についていきたいことを明かす場面が印象的です。
劇場版では、完全に穂乃果が重大な判断を決定しています。100分前後という短い枠でシナリオを駆動するのにリーダーはほぼ間違いなく必要なので、これは仕方のないことかもしれません。

穂乃果以外の8人についてはどうでしょうか。1期ではことりと海未は十分に描かれており、加えて他の6人は加入時に一悶着以上はあってその際に心情が思う存分描かれています。特に、ことりと絵里に関しては願いが叶ってしまいました。
2期では、ウェディングドレス回の凛、スノハレ回の海未と希、卒業回の真姫に関しても願いが叶ってしまいました。これらについてはしっかりと描写はされているように感じました。
ここで、願いが叶っていないのは穂乃果、花陽、にこです。花陽はスクールアイドルを続けること、にこは宇宙ナンバーワンアイドルになることが願いですが、この2つは2期と劇場版でのμ's解散によって断たれることになります。穂乃果に関しては、楽しいことをしたいというのが願いだと思われるので、叶ってもすぐに次の願いが出てきます。この3人の中で穂乃果だけは劇場版でその願いが叶って終わりになるので、卒業によって穂乃果は救われたと言っていいでしょう。ただ、ここまで書けば察しがつくように、花陽とにこは救われたとは思えません。実際、本作でスペシャルライブ前日の解散宣言時に未練を残した顔をしているのは花陽とにこの2人なのです。

さて、1期2期劇場版全てを通して描き分けられていないキャラはいるでしょうか。全部を通してならいないでしょう。1期だけで全員描き分けられています。ただ、2期だけ、劇場版だけだとそうとは限らないのは確かでしょう。一旦願いが叶ってしまったキャラは、幸か不幸か、そのまま穂乃果に従います。キャラ本人は幸せの中にいる一方、視聴者としては心情描写が減るので残念に思います。
劇場版での8人を考えます。さて、心情描写はなくなっているのでしょうか。これまでとは異なる心情描写として特徴的なところを挙げると以下のようになります。
真姫……曲について弁明する場面、μ'sを終わらせるべきだと主張する場面
花陽……消極的でないこと、「遠くまで来ちゃったね……」の場面、穂乃果の案に賛成する場面
凛……「リードは任せるにゃ!」の場面、「大丈夫にゃ!」の場面
ことり……衣装を考えていたと言う場面、「お互い強引な相棒を持つと大変ね」の場面
海未……いなくなって帰ってきた穂乃果を叱って涙ぐむ場面
絵里……解散宣言で穂乃果を見守る場面、「よーし、UDXまで競走よ!」の場面、メールの文面
希……わしわしMAXを一度も使わなかったこと、「やるしかないんやん、ラストライブ」の場面
にこ……μ'sを終わらせるべきだと主張する場面、その他多数
こう見ると、程度はあれど心情描写がないわけではないことがわかります。強いて言えばことりに関して少ないですが、ことりは1期から首尾一貫しているもののデザイナーとして成長しているのがわかります。
これに加えて曲が6曲もあって全体で99分なので、心情描写が少ないと言えどそんなに少ないわけではない気がします。もう少し多かったらよかったとは思いますが、些細なセリフや動作から心情を推測して観る楽しみがあるのでそこまで悪くないと思います。


ミュージカルであること

アニメ2期を見て察しがつくように、アニメ作品としてのラブライブ!はミュージカルとして作られているという印象を受けます。これは特に劇場版で顕著で、『Hello, 星を数えて』で唐突に凛が歌いだしたのは印象に残っているのではないでしょうか。学年曲3つは特にミュージカル要素が強くなっていてミュージカル曲としての位置づけ、全体曲3つはライブ要素が強くなっていてライブ曲としての位置づけでしょう。

ミュージカルなのは唐突に歌いだす曲だけではありません。ストーリーのつなぎも、テンポが悪くならないように無駄な部分は省略してミュージカルだからと前置きしてつないでしまいます。特に、後述する女性シンガーが凛たちには見えていなかったり穂乃果の家に上がらなかったりするのは女性シンガータイムスリップ説の根拠になっていますが、これがもし凛たちに見えていて凛たちに紹介したり、穂乃果の家に上がって両親に紹介したりしたらどうでしょうか? 私ならおそらく、尺の無駄遣いとか間が悪いとかいう感想を抱くと思いますし、脚本を書くのを考えてもその後どうやって本題に戻ればいいか難しいでしょう。確かに、女性シンガーは穂乃果には見えるが凛たちには見えない幽霊という説明も可能です。ただ、穂乃果が女性シンガーと別れて暫く歩いてホテルに着くまでを省略し、その省略を「誰もいなかったにゃ」という凛のセリフで明示して納得してもらうという、テンポアップのためのミュージカル的な演出だとする説明も可能だと思いました。また、スペシャルライブ当日に8人は穂乃果より先に行ってスクールアイドルたちを見ているのににこが「こんなに……」と言うのも、やはり視聴者が意識されていないとこの場面で改めて言う必要はないような気がします。


左から右、右から左

時間の流れは左から右というのが一般的なイメージで、映像作品において特定の方向への移動を意図的に表す際に未来志向を表すか過去志向を表わすかで向きを決めることがあります。ラブライブ!はこれが顕著で、しっかり統一されています(覚えている限り)。
劇場版では、前半は左から右です(『?←HEARTBEAT』PVでビルの廊下を走るのもそうです)。花びらが落ちてきて穂乃果が走り出すシーンはもちろん右から左(これまでを大切にする)の方向ですが、実は『Future style』の駆け出しでも右から左です。これは解散を決めた直後なので、もうμ'sは終わろうとしていることの表れです。曲名によらず残酷な運命ですが、「いまが最高!」(μ's『僕たちはひとつの光』より)を大切にしているのですね。


『僕たちはひとつの光』の歌詞

μ's9人の名前が曲の中にちりばめられています。
『START:DASH!!』で小鳥たちが飛ぶ日がくると歌っていましたが、『僕たちはひとつの光』では小鳥の旅立ちの日だよと歌っています。
「確かな今よりも新しい夢」(μ's『僕らのLIVE 君とのLIFE』より)と歌いだし始まったラブライブ!(μ's)は、「繋がった夢」「君と僕のLIVE&LIFE」「いまが最高!」(μ's『僕たちはひとつの光』より)と夢の終わりを歌っています。
なお、サンシャインは『僕らのLIVE 君とのLIFE』で登場していました。また新たな夢が始まりそうです。
「光を追いかけてきたんだよ」(μ's『僕たちはひとつの光』より)は、μ'sがトップになり自分たちが光になっていることを示唆しているようにも聞こえます。
また、「輝きを待ってた」(μ's『僕らは今のなかで』より)と歌っていたのが、「輝きになろう」(μ's『SUNNY DAY SONG』より)と歌っているのも同様に対照的で、これは絵本『天の笛』(斎藤隆介)と似たものを感じます。

女性シンガーの正体

スタッフクレジットでは、本作の謎のの女性シンガーはキャラ名としては「女性シンガー」、歌手としては「女性シンガー(CV.高山みなみ)」として紹介されています。この女性シンガーについては、様々な界隈で議論があり、幽霊か未来から来た穂乃果か真姫ではないか等々と噂されています。が、私の意見では見た目的にも人格的にもそのいずれでもありません。

まず見た目から。もちろん、見た目や声に関しては穂乃果にそっくりなように演じられています。が、完全に穂乃果であるわけではなく、ところどころ異なる要素があります。目の色は穂乃果と同じ青なのですが、髪の色は穂乃果というよりはやや赤く真姫要素がある、髪型は海未、服の紫は希、歌がうまいのは絵里、……と、おそらくμ'sの9人を集めたらこのようになるのではないでしょうか。この女性シンガーはかつて「昔はみんなで歌って」いたとのことだが、グループの解散後も1人で全てをやっていくことを決めた。これは9人で1チームのμ'sとは対照的で、μ'sの1人1人の役割を女性シンガー1人で担っているということの象徴なのではないでしょうか、と考えると、メインでは行動力のある穂乃果に似つつも9人の要素を持ち合わせている、という意見になりました。

役割に関しては、この女性シンガーは穂乃果にマイクをあげてしまったものの、続けるようには言っておらず、基本的には穂乃果の決断を後押しする存在なのでしょう。マイクは歌を続けてほしいという気持ちの表れなのかもしれませんが、「簡単だったよ」「答えは見つかった?」「とべるよ」と言っている以上、穂乃果の終わりにする気持ちは見抜いていると考えられ、そこまで続けてほしい感じはしません。また、『As Time Goes By』を歌っているとおり、最初に思った「何が好きで、どんな風になりたいか」は変わらないよということを伝えているだけなのでしょう。

しかしこの女性シンガー、「とべるよ」「とべるよ。いつだってとべる。あの頃のように!」と言っており、映画の最初で登場した幼女穂乃果の水たまりシーンを明らかに知っている言い方です。これはどういうことなのでしょうか。なお、この「とべるよ」は、穂乃果が水たまりを跳ぶのと小鳥が空を飛ぶのを掛けているのは明白です。
最初の水たまりのシーンでは、2人以上(耳が優れてはいないので複数ということしかわかりませんでした)が歌う「らららんらー……」という『SUNNY DAY SONG』のサビのメロディが聞こえます。これがここで聞こえるというのは、ミュージカルとしては映画最後の『僕たちはひとつの光』ではなく『SUNNY DAY SONG』をテーマにしているということがまずわかるのですが、なぜそれをテーマにしているのでしょうか。まさか『SUNNY DAY SONG』が好きだから最初に流したというわけでもないでしょう。とすると、このシーンでは実際に穂乃果がまだ書かれてもいない『SUNNY DAY SONG』を耳にしていたことになるわけです。

『SUNNY DAY SONG』が作られるのは映画の終盤です。μ'sの作詞は海未、作曲は真姫のはず。ではなぜ幼女時代の穂乃果が聞いたメロディが終盤の『SUNNY DAY SONG』に含まれているのでしょうか。これを解けば女性シンガーの謎に迫れるはずです。
幼女時代には歌詞はまだないので、作曲についてだけ見てみましょう。確かに真姫は作曲していますが、真姫がその場にいて歌っていたとは思えません。じゃあどうして? ここで思い出してほしいのが、A-RISEのツバサが真姫にアドバイスをしてにこが動揺するにこまきシーンです。
真姫が曲が終わる感じの和音を鳴らす。
真姫「こんな感じの曲よ。何か良いアイデアがあったら言って」
ツバサ「そうねぇ……。なら……」
ツバサがミステリアス感のある和音を下から上にアルペジオで鳴らす。
ツバサが真姫の耳元に唇を近付ける。
ツバサ「こんなのはどうかしら?」(ささやくように)
にこ「ひぃぃぃ!?」
というようなシーンです。ここで重要なのが、鳴っている和音です。真姫が鳴らした和音は3音で513で、最後に終わるような感じです。一方で、ツバサが鳴らした和音は、うろ覚えですが、『SUNNY DAY SONG』のサビ最初で使われる音階の671235と似たような音階を下から鳴らしています。とすると、真姫は終わり方については考えているものの、サビのフレーズを作ったのはツバサである可能性に思い至りました。

とするとどうなるか。「とべるよ」で幼女時代の穂乃果の水たまりのシーンを目撃しているはずの女性シンガーはそのシーンにいたことになり、穂乃果たち3人以外には姿は見えないが歌っている女児たちしか出てきていません。とすると、その中に女性シンガーがいたと考えるのが自然で、そこで歌っていたグループが女性シンガーのいう「昔はみんなで歌っていた」というグループでしょう。しかし、女性シンガーはそのグループの解散後はNYに渡って1人で活動しているはず。じゃあなぜツバサが『SUNNY DAY SONG』のサビのフレーズを知っていたのでしょうか。
ここまでくるともうこの答えを期待してしまいます。その女性シンガーの歌っていたグループにツバサがいたのではないでしょうか。ツバサがA-RISEとして3人で歌うのを決めたのは、スクールアイドルになれる高校でではないでしょうか(もちろん本作の中で卒業後もスクールアイドルではないA-RISEとして歌っていくことを決断するわけですが)。とすると、幼女時代ならばツバサが英玲奈とあんじゅと会う前でA-RISEを結成していない頃である可能性は十分にあり、女性シンガーと知り合いだった可能性はないわけではないのです。


受け継がれたもの

本作は、「スクールアイドルがどんなに素敵か」ということとその「志」が、A-RISEからμ'sへ、μ'sから新たな世代のスクールアイドルたちへと受け継がれて終わりになります。とても美しい終わり方で、何度涙を流したことかわかりません。でも、女性シンガーの正体が上述のものだとすると、受け継がれたものはこれだけではありません。
おおかた、女性シンガーは穂乃果の決断を後押しする存在として考えられています。しかし、『SUNNY DAY SONG』のサビはツバサが伝えたものだとしたら。そして、女性シンガーは『As Time Goes By』を歌っているものの、オリジナル曲を作らないわけではないでしょう。かつてグループで歌っていた時の曲が女性シンガー作曲のものだったとしたら。それをツバサが覚えていて、真姫に教えたとしたら。スクールアイドルの繁栄の縁の下で受け継がれたものは、『SUNNY DAY SONG』です。これは本作のテーマであり、女性シンガーの情熱が生み出した曲が何年もあとに何百人もの若い世代のスクールアイドルたちによってサブカル文化の聖地で歌われるという「奇跡」(μ's『それは僕たちの奇跡』より)なのではないでしょうか。かなりの推測で語っているのは重々承知ですが、もしこれが正しいとしたら様々な点と点が繋がります。
特に、μ'sはスペシャルライブで解散を宣言して卒業と同時に解散してしまった(なぜか2年後のドームライブで再びラストライブを行ってはいるが)のに対して、女性シンガーは既にソロ活動を続けており、A-RISEも卒業後にアイドルを続けることにしています。状況が変わっても自分の作る音楽を人に見せ続けていくというスタイルが、女性シンガーとA-RISEに共通しており、これはかつて一緒にいて同じ志を共有したことがあるのではないかなと思わせられるのです。


花びらについて

スペシャルライブ当日にUDXまで競走になったとき、穂乃果の目の前にどこからともなく赤い花びらが落ちてきます。この花弁は、根本が白くなっているのが特徴的で、アネモネの花びらです。アネモネといえば真っ先に『Anemone heart』を思い浮かべますが、それだけではなく、1期の最初の『ススメ→トゥモロウ』PVや、2期の最後の『Happy maker!』で穂乃果がつけていた髪飾りの花と同じ色のアネモネです。アネモネは触るとかぶれますが、花言葉には「期待・可能性・無邪気・清純無垢・はかない恋」などの意味があり、まさにラブライブ!の一区切りに相応しい花言葉です。1期最初で期待の花が咲き、劇場版の最後に散るのは儚く美しく、期待の種は既に蒔かれているのです。また、『僕たちはひとつの光』PVではタンポポの綿毛が飛んでいます。これは花が散った後でも種子は広がっていくことを表しており、μ'sがスペシャルライブで蒔いた種が全国に広がってスクールアイドルはずっと続いていくことを暗示しています。

映画の最後の方で、亜里沙が真姫のものと同じMUSICノートを持っているのは、真姫のノートそのものなのかはわかりませんが、μ'sの志を受け継いでスクールアイドルが受け継がれていくという表れでしょうか。
ちなみに、映画の最後の雪穂と亜里沙は緑色のリボンを付けているので3年生です。μ'sは全員卒業して大学生か社会人になっています。にこもちゃんと卒業していることがわかったのでにこ留年説は完全に消えました。μ'sの活躍後、「ドーム大会が開催されるまでになり、今年もドーム目指して予選が行われることとなりました」と言われており、その年までにドーム大会は2回行われていることがわかります。「そして、μ'sの最後のライブは」その年のドームライブで行われたということで、この年にμ'sが招待枠として参加したのでしょう。残念ながら、大学生枠が新設された説の線は薄いでしょう……。ああ、スクールアイドルとしてのμ'sは終わってしまったんだ。そして、次なるサンシャインでおそらくμ'sは伝説としてのみ登場しうるような世界では……μ'sが蒔いた種の方が輝くのでしょうね。

なお、μ'sは3年生組の卒業時点で解散してしまいましたが、残された2年生組と1年生組はどうなるのでしょうか。2年生は、最初に学校を救うために3人で始めて目標を達成して心残りなく解散に同意した上、残り1年なので、特に何かなければそのまま3人で卒業したでしょう。
1年生は、解散したところであと2年ありました。心情描写のところで触れたように、花陽は未練を残しており、凛は2期から成長して次なるリーダーとなる器として描かれており、真姫はμ'sとしては最後と言っていますが音楽活動を終わらせるとは言っていません。1期2期を通してでも、何があってもアイドルは続けるが9人のμ'sはここで終わりにするという意志が多くのメンバーに見られましたし、1年生3人に関しては解散から2年間は3人のユニットとして活動した可能性があります。
先に卒業した3年生3人に関しても、ばらばらになっても連絡を取らないことはないでしょう。もしかしたら、これから既存の3ユニットとは異なり、花陽・凛・真姫の旧1年生ユニットをはじめとする学年ユニットが誕生する可能性もあり、期待したいところです。
特に、花陽はアイドル研究部の新部長なので、雪穂か亜里沙(おそらく雪穂)に部長の座を引き継ぐまではスクールアイドルをしていたはずです。2人が3年生になって新歓の確認をしているのは、それまでの2年間の新歓は花陽がやっていたからでしょう。今後語られるかはわかりませんが、おそらくμ's解散後の2年間は花陽・凛・真姫の先輩ユニットと雪穂・亜里沙の後輩ユニットが切磋琢磨しながらスクールアイドルを継いでいたと期待したいです。

『ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル』(スクフェス)では、劇場版公開後のストーリーで『Private Wars』が登場し、ついにラブライブ!=μ'sではなくなりました。また、スクフェスストーリーをよく考えてスクフェスとアニメ作品群を比べると、アニメが現実でスクフェスが夢であるような印象を受けます。声優版μ'sのライブはスクフェス寄りですから、ラブライブ!のライブは6th以降も行われ、μ'sはラストライブ同様、「さよならは言わない また会おう 呼んでくれるかい? 僕たちのこと」(μ's『僕たちはひとつの光』より)というように、ファンの声援があればライブ当日に限り何度でも復活するでしょう。


空港や秋葉原でのファンと黒幕

『Angelic Angel』ライブ終了後、μ'sが日本に戻ると、空港でμ'sの応援ビデオが流れていてファンの女子高生にサインを求められ、秋葉原ではμ'sのポスターが貼られていてグッズも売っており、インターネットではライブ映像が様々なところにアップロードされています。


というツイートを見かけ、私はこのツイートを見るまで全く気にしていませんでした。よく考えると確かに、ここで登場するμ'sポスターやμ'sグッズは誰が作ったのかわからないですね。アニメ1期では完全にパチモノとして描かれていましたが、本作ではどうでしょうか。秋葉原で売っているのを考えると、1期同様パチモノの感じがします。しかし、パチモノだとして、あのポスターは誰が作ったのでしょうか? 一介の有志だけで神田川沿いのビルにμ's本人たちに無許可で特大ポスターを掲示できるでしょうか? 応援チラシはそれなりのクオリティで秋葉原中に多数撒かれており、ビルのポスターも雨風に強い材質で広告として貼られているので、これらを全部やろうとすると数十万円はかかるはずです。

ここで思い出してほしいのが、μ'sたちはテレビ局などと直接交渉してはいないように思われることです。
音ノ木坂学院μ'sのディレクターとして手紙を受け取っていたのは、ことりの母(親鳥と言われている)です。もちろん高校のスクールアイドルなのでそれはそうなのですが、劇場版前半でμ'sがニューヨークにいる間も、テレビ局との仲介も親鳥が担当していたのではないでしょうか。まさか学生であるμ's9人だけで事務をこなすことはできないでしょう。
また、NYライブ後の人気を受けて、μ'sに続けてほしいと最初に言うのも親鳥です。ここまでくると、μ'sを陰でプロデュースしているのは親鳥である可能性が高いように思えてきます。

秋葉原にあったポスターのμ's9人の画像は、『僕らは今のなかで』の衣装で、今までに見たことのない配置になっており、本作描き下ろしと考えられます。これは、アニメ内で僕今衣装を着たのは2期12話のラブライブ!全国大会のアンコールだけなので、その後に撮影されたものと考えられます。とすると、関係者でないとこの写真を使えないはずなので、知らない誰かが作ったわけではないことになります。グッズに関しては大人の欲望が渦巻いているとは噂されますが、東京では卒業式はたいてい3月1~10日のどれかでしょうから、卒業式を3月5日として、NY旅行が約10日間、スペシャルライブ準備が約10日間とすると、約5日で旅行の手配をしてポスターを作ってグッズも作って流通させていなければならない。これは見知らぬ人のパチモノでは無理でしょう。とすれば、こんなことができそうなのは、校長であってことりの親であってお金も持っていてμ'sの親(特に真姫母)にも顔が広い親鳥しかいません。それでもって澄ました顔をしている親鳥って……影では最大のヒロインなのではないでしょうか。
また、スペシャルライブの資金は誰が出すのでしょうか。数百万円はかかっていると思われ、白米スムージーなどを売る店を出すにも様々な手続きが必要です。この資金は、音ノ木坂学院アイドル研究部の予算とUTXの援助だけでは出せないでしょう。親鳥がグッズを作ってその利益を全てμ'sに還元するくらいしないとこれだけの資金は工面できないのではないでしょうか。


最後に

劇場版ラブライブ!は、かなり想像の余地を残して作られています(もちろん監督や脚本の方はそれを狙っているはずです)。この記事で述べたことも、たくさんある見解のうちの1つに過ぎず、これがすべて正しいと主張したいわけではありません。それぞれにそれぞれの好きなラブライブ!があるでしょう。こんな考察もあるんだなー、という感じで受け止めてもらえさえすれば幸いです。
また、μ'sが蒔いてくれた種は、私のところにも舞い降りました。これからもラブライブ!を応援し、思いを共有する皆で次の世代に受け継いでいきます。


参考文献

京極尚彦(監督).(2015).『ラブライブ!The School Idol Movie』(映画).2015 プロジェクトラブライブ!ムービー.(リストでサイトタイトルを囲む「」以外で断りのない「」内の言葉は全てこの作品から引用)


追記

2015.07.29 ツバサが鳴らした音階はE,F#,G,Dの4音だそうです。思い込み補正でものすごくたくさん弾いているように聞こえていたんですね(調は編曲でどうとでも変わるので考えていませんでしたが)。とすると、ただのミステリアスな感じを出すための音なのかもしれません。いずれにせよツバサが教えた内容の謎は残るので、私ならやはり上のような解釈に行きつきます。

2015.07.29 女性シンガーですが、髪の色がやや違うのはキャラの描き分けのためで、基本的には穂乃果そっくりに描かれているのではないか、という意見をいただきました。確かに穂乃果そっくりなんですよね。微妙に違うところの解釈はやや異なるものの、穂乃果にできるだけそっくりな境遇の先輩が穂乃果にアドバイスするというのを描きたかったのではないかという点では共通しています。

2015.08.02 ツバサが鳴らした音階はE,F#,G,Dで合っていることを確認しました。また、真姫が鳴らした音階は確かA,D,F#でした(調は忘れました)。これだと『SUNNY DAY SONG』とは異なる調で、こちらもまだ『SUNNY DAY SONG』ではなく、単に曲の終わりを示していることになります。

2015.08.02 秋葉原のポスターは『それは僕たちの奇跡』ではなく『僕らは今のなかで』の衣装だったので、その部分の記述を変更しました。

2015.08.07 真姫が鳴らした音階は両手でD MajorのⅠ和音でした。『SUNNY DAY SONG』とは関係がなく、単に曲の終わりを示していることが明らかになりました。ただ、D Majorはむしろ『僕たちはひとつの光』の最初と最後の調で、こちらと関係があるのかは不明です。もしかしたらμ's最後の曲にする予定だった『僕たちはひとつの光』と同じ調で『SUNNY DAY SONG』の仮譜面を書いたのかもしれないですね。

2015.07.29 07:30 | ラブライブ! | トラックバック(-) | コメント(0) |

この記事においては劇場版のネタバレはないです(たぶん)のでご安心ください。

劇場版ラブライブ!を何度か観に行ってきました。とりあえず7回くらいは見たのかな? 通常上映4回、絶叫上映3回くらい。1回だけ、通常上映で入場者プレゼントもないときに行きました。

感想としては、言葉に表しづらいような色々な感情が渦を巻き、ついに口から出るのは「μ's最高! μ's尊い……。 青春って素晴らしい……」という賞賛と、「さにでいそーん さにでいそーん」の無限ループ。
本作の個人的な評価としては、100点満点で98点くらいです。ある1つの観点を除き最高評価です。その観点とは、穂乃果以外の描写がやや少なかったこと。1期ではメインを決めないでやっていましたが、2期からだんだん穂乃果が先導するようになっていきました。劇場版ではストーリーの舵取りは穂乃果に任されてしまうことがほとんどで、穂乃果以外の他の8人の描写や今後に関するセリフがやや不足しており、穂乃果メインなのではないかと感じました。もうちょっと他の8人をそれぞれ詳しく描いてほしかったのでマイナス2点です。

実は私、穂乃果ちゃん推しです。よく1期と2期のどちらが好きでどちらが嫌いという話題になりますが、私はこれまでは2期の方が好きで、1期は穂乃果が風邪を引くシーンがあまりに不自然で脚本のためのアクシデントというような感想を抱いていました。ただ、最近劇場版の考察を深めるにつれて、このような経験って実は結構あるのではないかなと気付き、印象が変わりました。アニメとしてのラブライブ!はミュージカルというのは言うまでもありません。
気合いを入れ過ぎて空回りするのを無茶な練習からの当然の風邪というわかりやすい演出で表現したとすると、穂乃果の風邪で表したかったことは何なのでしょう? それは、私たちが経験したことであろうことで言うと、運動会の前日に全然眠れず当日フルパフォーマンスを発揮できなかった類の経験ではないでしょうか? 私も、大事なイベントの当日に風邪を引いてしまって悲しい結果になった経験がありました。自分のその黒歴史から目を背けたいがために、1期の風邪のシーンを低評価していたのかな、と思うようになりました。これって映画の感想じゃないですね……。
ただ、映画に関しても、「これはミュージカルであって、テンポよく話を進めるために編集されていて、言い表しにくいものはわかりやすい表現で示唆するものなのだ」という視点を前提にすると、各種感想・考察サイトで言われている様々な批判は自分の中で氷解していきました。

感想はどれだけ語っても言い表せませんし、抱く感想は人によって様々でしょうからここまで。それでは次の記事で考察などを詳しく書いていきます。

2015.07.29 01:18 | ラブライブ! | トラックバック(-) | コメント(0) |